閑山島

制勝堂

史跡

制勝堂

1593年8月、忠武公・李舜臣将軍が、三道水軍統制使に任命され閑山島に本営を構えた時、現在の制勝堂の位置に作戦会議を開いた運籌堂を建てました。
丁酉再乱(慶長の役)の時に廃墟と化したこの場所に、第107代統制使である趙儆が1740年に遺墟碑を建て、運籌堂の遺蹟に家屋を再建し、「制勝堂」と呼びました。
現在懸けられている「制勝堂」の扁額は、彼の揮毫です。

制勝堂1
制勝堂2
制勝堂3
制勝堂4